夫の答えの中にある名
手名椎は、口をきかないまま『古事記』に登場する。高天原を追われた須佐之男命が肥河の川上に降り立つと、老夫と老女が娘を中に置いて、三人とも泣いている。誰かと問われて答えるのは老夫のほうであり、まず父の名を挙げ、それから三つの名を一息に告げる。
僕名謂足〈上〉名椎,妻名謂手〈上〉名椎,女名謂櫛名田比賣。」
僕の名は足名椎といい、妻の名は手名椎といい、娘の名は櫛名田比売という — 『古事記』第一八段;訳:本サイト
二つの名は対として作られている。足名椎と手名椎は一字だけ違い、足と手が入れ替わる。チェンバレンの直訳もその対称を保ち、Foot-Stroking-Elder と Hand-Stroking-Elder になる。撫でるという行為が何を指すのか、この場面は説明しない。本項もまた、原典が伏せている理由を補うことはしない。原典が与えるのは、その代わりに場面のほうである——二人のあいだに一人の子が置かれている。だから名の記す手つきには対象があり、それは娘一人であって、ほかには誰も残っていない。
八人の娘と、また巡ってきた年
泣いている理由は、老夫が二番目に語ることである。娘は八人いた。漢文は八稚女と書く。高志の八俣遠呂智が毎年来ては一人ずつ喰らい、その時季がまた来た。櫛名田比売が八人目である。両親はともに國神であり、夫は大山津見神の子——その娘や孫の名を『古事記』が繰り返し記す、あの神の子である。手名椎自身の出自を、『古事記』はついに記さない。
大蛇の年ごとの食欲は稲作の地を通り、生き残った娘の名には稻田が含まれている。そう読めば八人の娘は八度の収穫であり、手名椎はその最後の一つの前に立つ二人のうちの一人ということになる。原典自身はそこまで言わない。八人いたこと、七人が失われたこと、そしてまたその時季が来たので泣いていること、それだけを記す。
ただ一つの台詞を、声をそろえて
須佐之男命が娘を求める。老夫は、名も分からぬ相手にはと答える。須佐之男命が天照大御神の兄であり、いま天から降りてきたのだと名乗ると、そこで初めて——そして最後に——『古事記』は手名椎に口をきかせる。しかも、一人では言わせない。
尒,足名椎、手名椎神白:「然坐者恐,立奉。」
そこで足名椎・手名椎の二神が申し上げるには、「それならば恐れ多いことですが、謹んで奉ります」 — 『古事記』第一八段;訳:本サイト
主語は足名椎、手名椎神の二神であり、動詞の白は一つで、二人に掛かる。夫が妻を代弁する文ではなく、共同で答える文の形である。何を支払うにせよ、原典は二人が共に支払ったと記している。しかもこの返事は、そっけないほど短い。相手の位を認める恐があり、そのあとに差し出す言葉が来るだけである。名乗ったばかりの神に八人目の娘を求められ、二人は八字で承諾する。
その後の彼女
このあと、彼女のものと言えるものは何もない。須佐之男命は櫛名田比売を櫛に変えて髪に挿し、両親に指示を出す——八塩折の酒、八つの門をもつ垣、門ごとの酒槽。その指示は、二人の名を挙げて二人に向けられている。大蛇が斬られたあと、次の段が報いるのは父だけである。足名椎は須佐之男命の宮の首に任じられ、その職にふさわしい新しい名を授かる。手名椎はその段にまったく登場しない。恐れの場にはいて、承諾の場にもいて、働きの場にもいて、決着の場にはいない。